巧みな手さばきで操られたヨーヨーは、まるで生きているかのように滑らかに動き回る。「440(ヨヨマル)」を名乗るパフォーマー橋本昂さん。山梨県内外のイベント会場などに出向き、子どもたちを前に音楽に合わせたリズミカルな技を披露。毎日3時間の練習を重ね、目を閉じながら行う離れ技も繰り出す。 富士吉田市で生まれ育った。吉田小の3年時、ショッピングセンターでヨーヨーパフォーマンスを目にしたのを機に自らものめり込んだ。東京都内の大学を卒業してUターン就職し、4年間、地元のホテルに勤める傍ら保育園や福祉施設などで実演していた。だが「プロとしてヨーヨーの楽しさを伝えたい」との夢を追って退職。今は地元に在住、依頼を受けて各地でパフォーマンスをしながら生活する日々を送る。 大きさや形状の異なるヨーヨーを使い分ける。難度の高いオリジナル技を含め、踊るように立て続けに技を出すスタイル。観客から「(ヨーヨーが)生き物のようと褒められた時が一番うれしい」。ショー終了後は、初心者向けのヨーヨーで希望者に手首の使い方や基本技を教える。 新型コロナウイルスの影響でショーの依頼が減り、昨年2月から空き時間を使ってヨーヨー製作に乗り出した。初心者も上級者も扱いやすく、多くの応用技もできる形状をパソコン上で設計。「HEART BEAT YOYO(ハート ビート ヨーヨー)」の名称で独自シリーズとして商品化した。 腰を据えて技や楽しさを伝えようと、昨年4月から神奈川県内で月3回の教室を開いている。現在15人の児童が通っていて、富士吉田市内での教室開催も検討している。「自分も不器用だったからこそ教えられる。競技やダンス、趣味とさまざまなヨーヨーの楽しみ方を伝えたい」と無邪気に笑った。 橋本さんは国内外で生産された豊富なデザインのヨーヨーを集めるコレクターの一面もある。限定販売された大手飲料水メーカーやオリンピックとのコラボ商品の他、1990年に発売された世界初となる金属製の「SB-2」や、92年に登場した木製の「スリープ・マシーン」など約1,200種類を所有する。 現代ヨーヨーの起源となった1920年代や競技として普及した2000年代の歴史を伝える機会をつくろうと、昨年から富士吉田市立図書館ロビーで20点を並べる展示を始めた。「ヨーヨーは歴史も魅力がある。遊ぶだけでなく、『見る』『知る』といった楽しみ方も伝えていきたい」と話す。
【ヨーヨーパフォーマー440】橋本昂 (山梨日日新聞)