山梨県が誇る桃や高級ブドウ「シャインマスカット」などフルーツの魅力を、世界に発信したい。だが、肝心の生産者は販路が乏しい上、高齢化や担い手不足が年々深刻さを増している。そんな社会課題を、若くて優秀な人材を結集することで解決しようと、地元出身の米アップル日本法人元社員が起業し、次々と奇抜なアイデアを打ち出している。目指すは「農業界のジョブズ」だ。
山梨県南アルプス市出身の樋泉(ひいずみ)侑弥さん(25)は、東京・表参道のアップルストアで国内トップクラスの売り上げを記録していたが、「世界一の成長企業で起業家精神を学んで、自分も起業したかったから」と3年で退社した。大手ゼネコンに勤めていた幼なじみの四ノ宮楓芽(ふうが)さん(25)と2020年4月、当時はまだ珍しかったフルーツの直販サイトを運営する「Bonchi(ボンチ)」(南アルプス市)を創業した。
当初から「今後どんどん普及することは分かっていた」ネット通販だけではなく、「農業の社会課題解決」も掲げた。農林水産省によると、20年の農家の平均年齢は67・8歳。05年からは87万人減少した。65歳以上が70%に上る一方、20代以下はわずか1%で、後継者難に拍車が掛かる。「日本の農業を持続可能にするには、若い農家を増やすしかない」と目標を定めた。
売り上げの10%を積み立てて、新規就農のリスクを下げる①伝統技術の継承仲介②耕作放棄地の活用③自然災害時の支援――に活用するプロジェクトを打ち出す。その分価格は高くなるが「お客さんにも『日本の農業をなんとかしたい』という思いはあっても、何をすればいいかが分からなかった。国の補助金だけでは到底足りず、お客さんも持続可能な農業構築に参加できる仕組みを作りました」。
新規就農者への技術指導は、サイトにも出品する地元のレジェンドたちの力を借りる。19年に黄綬褒章を受章した小澤博さん(73)=甲府市=らによる「やまなし自然塾」が長年取り組んできた、有機減農薬栽培の自然循環型農業を実践する契約農家に、就農希望者を派遣する。時給を得られるので独立資金もためられる。
小澤さんは「高齢化が深刻で何とかしたかった。その気持ちを体現してくれた。農業を継承することは簡単ではないが、私たちができることはしようと思う。農業を変えたいという情熱を絶やさず頑張ってほしい」と強く期待する。
果樹栽培への新規参入の最大のハードルは、苗木から果実をきちんと収穫できるまで育てるのに3年はかかり、その間の収入がゼロということだ。これを解決するために今年から、苗木の「オーナー制度」を導入した。「応援購入」のサイトで7月2日まで募集し、オーナーには果実やジュース、苗木の植え付け体験などの特典がある。
手厚い就農支援は35歳以下に限定しているが、それでも年間50~80人の応募があり、うち4人が首都圏から移住した。その一人、竹内大さん(26)は埼玉県川口市から移住して21年に就農。今年は独り立ちして初の収穫を迎え「どんなおいしい果物がなるのかが一番の楽しみ。いきなり地域に入っても就農は難しかったはずで、Bonchiで紹介されたからこそ高い技術を学べた」と喜ぶ。
「おいしい果物は人生を幸せにする。絶品の山梨のフルーツを世界中の人々に提案したい」と話す樋泉さんが意識するのは、アップルの創業者、故スティーブ・ジョブズさんだ。「彼は世界トップの大企業を作り上げたのに、最後までこだわったのはスマートフォンという商品を人々に届けるリテール(小売り)だった。私は果物で人々の役に立ちたい」。その理念を体現する宿泊型観光農園を来春オープンする予定だ。【錦織祐一】