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2021/11/03 ,

村全体をホテルに 人口減にあえぐ山梨・小菅村 崖っぷちからの挑戦

村全体をホテルに 人口減にあえぐ山梨・小菅村 崖っぷちからの挑戦

 人口約700人の山梨県小菅村の村おこしの取り組みが、コロナ禍の今、注目されている。2年前に村のシンボルだった築150年の旧家をホテルとして再生し、村全体もホテルの施設に見立てて客を呼び込み、スタッフも全員村民だという。村の自然を満喫できるホテルの存在は村内外で反響を呼び、人口減にあえぐ市町村が多い中、予測を上回る人口を維持している。かつての「崖っぷちの村」は、「ウィズコロナ」を追い風にして、どのようにして生まれ変わったのか。ホテルをめぐる小さな村の挑戦とは――。【首都圏取材班/賀川智子】
 JR大月駅からバスで1時間ほど山道を揺られる。山あいの緑豊かな集落に立派な長屋門の日本家屋が見えてきた。空き家だった築150年の旧家を改装、村の依頼を受けた民間会社が2019年にオープンした。
 重厚な梁(はり)、糸車、土間……。
 養蚕農家だった往年の建物の趣を随所に残し、北欧風のスタイリッシュな家具や最新の家電などが置かれている。
 そんなモダンでリラックスできるホテルのコンセプトは「(人口)700人の村がひとつのホテルに」。あぜ道はホテルの廊下、「道の駅」はラウンジとなり、村全体をホテルに見立ててスタッフは全員が村民だ。
 ただ、すべてが順調に進んで、開業にこぎつけたわけではない。
 群馬県館林市出身のマネジャー、谷口峻哉さん(32)は東京や豪州のホテルで経験を積み、かつて同僚だった妻のひとみさん(31)と夢を描いていた。
 ――いつか夫婦にとって居心地のいい場所に住んで、小さな宿をやりたい。
 マネジャー募集を偶然SNSで知り、オープン9カ月前に村に引っ越してきたのだ。
 「村民をスタッフに採用する」。それが課せられた最初のミッションだった。ただ、村に知人はいない。役場の肝いりとはいえ当時「古民家再生ホテル」という未知のプロジェクトに不安を感じる村民は多かった。
 「1泊1人3万円」という価格帯もネックとなり、ネガティブなうわさまで聞こえてきた。「こんな何もない村に高級ホテルを開いても、本当に客が来るのだろうか」「赤字になったら自分たちが補塡(ほてん)しないといけないのでは」
 だが、谷口さんは立ち止まらず、村民の理解を得ようとオープンまでの半年間、自治会や老人会の集まりを聞きつけてはお酒を手に顔を出した。杯を傾け、食事を一緒にしながら、自己紹介をし、新ホテルへの思い、地域の成功例などを説明し、村民の不安解消をし続けた。
 オープン直前転機が訪れる。
 ホテルの隣に住み、定年退職したばかりの細川春雄さん(65)との出会いだ。役場からは「周囲の信頼が厚い」と紹介されていた。「ぜひ一緒に働きたい」と家を訪ねたが、「もう再就職先が決まっているから」と断られた。
 「もう一回説明させてください」
 「春雄さんにしかできない仕事なんです」
 何度か通ううち、春雄さんはぽつりと言った。
 「向こうの仕事、断ったから」
 村民スタッフ第一号の誕生である。そこから「春雄さんがやるなら」と手を挙げてくれる村民が続々と現れる。
 今では春雄さんは送迎ドライバーや建物の修繕など多彩な才能を発揮し、ホテルに欠かせないスタッフになった。
 特に、春雄さんが案内役の一人である「小菅さんぽ」というアクティビティーは好評だ。自分で育てているミツバチの巣や季節の草花などを見ながらのんびり歩く。そんな飾り気のない日常の村を歩くことで「都会生活では感じられない『小菅村の暮らし』を実感できる」と言う。
 昨年11月、谷口さん夫婦の第1子の長男、瑠一(るい)ちゃんが生まれた。今は一家3人でホテルから徒歩3分のところに住む。そして瑠一ちゃんと散歩をしていると近所の人から声をかけられる。
 「ご飯食べていけよ」
 「野菜とっていけよ」
 谷口さんは開業までを笑顔で振り返る。
 「マネジャーに応募した時はここまでやることがたくさんあるとは思っていませんでした。村の方と人間関係が築けて、充実感を感じています。これが理想の暮らしです」
 次に、ホテルで供される食の粋を見てみよう。
 わさび、ヤマメ、マコモタケ……。
 小菅村の豊かな自然で育った食材が皿を彩る。ホテル内のレストラン「24sekki」では暦の「二十四節気」にならって、2週間ごとに旬の食材を厳選し、年間24種類のコースを提供している。「その日、その時」だけでなく「その瞬間」までを意識したライブ感にこだわり、食と向き合う。
 「水のおいしさが東京と全然違う」
 メニューを考案するヘッドシェフ、鈴木啓泰さん(36)は6年前に初めて村を訪れた時にそう感じたという。知人から村の道の駅オープンのレセプションパーティーの手伝いを頼まれたことがきっかけだ。元々は和食の料理人で、レストランなどの運営会社の管理事業部を経て独立し、当時は飲食店の新メニューのコーディネートをしていた。
 その後、道の駅のレストランメニュー開発や温泉施設の料理開発などに携わり、村に行く機会が徐々に増え、村の豊かな食材に魅了されるようになった。
 そんな鈴木さんの自慢は料理の基礎である「出汁(だし)」だ。
 コース料理は、水に昆布やカツオの成分を移した出汁をベースに作る。浄水器の水で出汁を取る東京の有名店があるらしいが、ここの出汁は多摩の源流水を使うので、根本で引けを取らない。
 そして、出汁の「ひき方」にもライブ感を意識する。一般の料亭やホテルは客が大人数のため、食事の始まる2時間前には一番出汁を引き終わっている。一方、ここでは客がお椀(わん)を出す前の料理を食べている時点で、鍋にはカツオ節しか入れていない。
 客が料理を食べ終わる直前にこし、塩だけで味付ける。香りが一切飛ばず、客からほめられることも多い。
 「一番出汁は修業で最後に習うほど繊細。一番おいしいと言われることが料理人としてとてもうれしい」
 6年を経て、なじみの生産者も増え、季節ごとの旬の食材も自然に思い浮かぶ。料理を出す際には生産者の思いを知ってもらうため、食材のストーリーとともに料理の説明をする。
 鈴木さんに妥協はない。
 「生産者がどのような思いで育てられたのかを想像しながら素材そのままの魅力をお届けする事をめざしています。生産者に寄り添うことをテーマにこれからも精進していきます」
 村ぐるみで運営するホテルの前身と、ホテルに生まれ変わるまでの歩みをたどってみよう。
 ホテルとして改修される前の古民家をかつて村民は「大家」と呼んでいた。送迎ドライバーや散策ガイドなどを担当するホテルスタッフで元教育長の佐藤英敏さん(66)は昭和30年代の情景を振り返る。
 大家は佐藤さんの小学校の担任の先生宅で、各家庭に普及していなかったテレビを目当てによく訪れた。プロレスの力道山が活躍した時代だ。子どもに付き添う母親も少しおしゃれをし、お茶を飲み、おしゃべりをしていた光景が浮かぶ。
 「大家は村の人にとって社交場のような大切な場所でした」
 だが、高齢の奥さんが村外の施設に入り、2016年ごろから大家は空き家になっていたという。「幼いころの思い出が詰まった場所が朽ちていくのはしのびなかった」
 また、小さな自治体の人口減は全国的な課題で、小菅村も例外ではない。村人口は最盛期の3分の1の700人ほどに減り、2020年には650人、2060年には300人を切るという試算もあった。多くが村の将来に危機感を抱き、舩木直美村長が動き出す。
 「嶋田君、大家の再生をお願いしたい」
 2014年から村の人口減対策などを共に策定していたコンサルティング会社代表の嶋田俊平さん(42)に頼んだ。
 嶋田さんは大家の持ち主と賃貸契約を結び、自ら運営会社の代表として準備を進めた。だが、村民に不安や疑問がなかったわけではない。
 大家が高級ホテルに――。
 そんな話を聞いた佐藤さんも「本当に客が来るだろうか」と思ったという。だが、オープン前の内覧会で生まれ変わった大家を見て驚いた。村民100人が詰めかけ、中には涙ぐむ者もいた。
 「ふたを開けてみたらびっくり」。そして今は全国からの客でにぎわうのがうれしい。
 「地元の豊かな自然が見直され、村民たちも自分たちの村に自信が持てるようになれば」
 ホテルは村の未来も変えるかもしれない。2020年には約650人と予測された人口は700人を上回った。都心からの移住者や、地元の若者が新事業を始めるなど村全体で底上げを図る機運が高まってきたのだ。
 今後、ホテルは村内の空き家を再生し、棟をさらに増やしていくという。8月には第2弾となる貸別荘タイプの「崖の家」がオープンした。
 コロナ第5波の逆風の中の船出だったが、「コロナになんか負けてられない、新しい宿泊モデルを自分たちで作るんだ」という気概が勝った。結果「ウィズコロナ時代の新ホテル」と注目され、コロナ以前よりも客は増えたという。
 ホテルのコンセプトも目標も「700人」という村人口がバロメーターとなる。そのために村の再興をかけたホテルは歩み続ける。嶋田さんは言う。
 「700人を何としても維持していくというコンセプトを守れているのがうれしいし、未来って変えられるんだ、という自信になりました。ウィズコロナ時代のホテルとしてどんどん新しい棟を造り、チャレンジし続けていきたい」
 山梨県北都留郡小菅村3155の1、電話0428・87・9210、中央自動車道・大月インターチェンジ(IC)から車で約30分、JR大月駅からバスで約60分

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